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80th ROGOMARK

ロゴマーク

80年にわたり当社を支えて下さった
お客さまや社会の皆さまへの感謝の積み重ねを示す
カウントアップと、
80からC(炭素)の文字が消えることで
持続可能な社会の実現のために当社がめざす
カーボンニュートラルを表現しました。
青色部分は、社是の「ひといち(人間第一)」で、
デジタルが主流の今も「人」が最も重要な経営資源と
考えていることを示しました。

MESSAGE80th MOVIE

メッセージ

#1 取締役社長 仲摩 俊男

80周年の節目を迎え、我々はグループ一丸となって社会課題の解決にあたってまいります。

#2 東京支店 東部支社
副長(屋内線施工管理職)

建物が完成した後にお客さまから感謝されることがやりがいであり、喜びです。とても魅力のある仕事だと思います。

#3 東京配電支社
杉並営業所
(架空配電線技能職)

被災地復興に向かい、電気を復旧させた際、現地の方々から感謝の言葉や安心して生活ができると言われ、仕事の大切さを強く感じました。​

#4 人材育成センター
人材開発チームリーダー

社会や生活を支える人づくりに継続して取り組んでいます。人から人へ技術、技能をつなぐ大切な仕事だと思っています。

HISTORYHISTORY

歴史

「安心な暮らしを取り戻す、戦後復興期」

1944年9月、東京赤坂にて関東電気工事(株)として創業。 翌年には本土空襲により本社をはじめた多数の支社が焼失するも、インフラを支える使命の光は消えず、急増する電気設備工事に従事。1949年には通信線工事部門が設立され、国鉄や日本電信電話公社の通信線や電話線工事に事業を拡大していく。

「利便性の追求、建物の大型化、
電力の大容量化」

1958年東京タワー竣工の翌年は伊勢湾台風に伴う災害復旧のための管外応援を実施。1964年開幕の東京オリンビックでは、日本武道館などの競技施設の施工に携わった。同年、建築基準法改正により、高層ビルの建築需要が高まり、都市化がはじまる。増大する電力需要に対応するため始まった発変電所や大型送電線の設備工事が日本の発展を支えていく。

「業容・業域の拡大 省エネ時代」

オイルショック後の1979年、省エネ法施行。エネルギー効率を目標とする技術を早期から研鑽。また、1978年の新東京国際空港(現・成田国際空港)の開港にはじまり、ネパール配電網設備工事、ネパール配電網工事など、グローバル展開。1984年、創立40周年にて(株)関電工に社名変更、「人間第一」の社是制定。携帯電話普及によるアンテナ設備工事が増加し、情報インフラを支える責任も大きくなる。

「あらたな挑戦と飛躍へ、
未来に向けた循環型社会へ」

1990年代にかけて続く金融緩和と景気拡大の中で、国内企業の事業多角化、設備投資拡大に拍車がかかり、様々な施設の電気設備工事に携わる。2000年以降、首都圏では大規模な再開発が始動。オフィスビルや商業施設を併設する複合都市をはじめ、様々な開発が進む。同時に地球環境保全と低コストを実現する省エネルギー・省資源ニーズの対応や設備のリニューアル提案などにも注力。

「持続可能な社会、より豊かな未来をつくる」

2011年、東日本大震災の災害復旧にグループを挙げて対応。創業当初から持つ、人々が安心して暮らせる毎日を支える使命を胸に、翌年からは本格的に再生可能エネルギー事業へ参入。太陽光発電所の運転を開始。同年、 自立式電波塔として世界一の高さを誇る東京スカイツリーがオープン。建築史に残るビッグプロジェクトに、当社の高い技術・技能力が貢献。
事業環境が大きく変化し続けるなか、持続可能な社会への貢献に注力。より豊かな未来をつくる決意を新たに、2024年9月、創立80周年を迎える。

1944-1954
1955-1973
1974-1989
1990-2010
2011-2024

80th MOVIE 80th MOVIE

記念ムービー

MAKING

メイキングムービー

CAST

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40名の社員が出演。代表して8名のコメントを紹介いたします。